日本語教育

外国人社員の日本語は、研修では解決しません|職場の側で決める五つのこと

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現場の責任者から、こういう報告が上がってきます。

「あの子、日本語がまだできないんです」

この報告を受けた経営者が次に考えることは、だいたい決まっています。研修を入れるか、教材を買うか、日本語学校に通わせるかといった、本人の日本語力を上げる方向の手です。

その判断は自然ですが、多くの場合、期待した変化は起きず、半年たっても同じ報告が上がってきます。

日本語の問題に見えるものの多くは、決めていないことの問題です

「日本語ができない」という報告の中身を一つずつ開けていくと、本人の語学力ではなく、職場が決めていないことに行き当たります。

分からないときに誰へ聞きに行くのか、どうなったら人を呼ぶのか、お客様を待たせたときに何と言うのか、何を見て「できている」と判断するのか。こうしたことが決まっていないのです。

決まっていないことは、現場の一人ひとりがその場で埋めています。埋め方は人によって違い、外国人社員の場合はその違いが「日本語力の差」として見えます。実際には、埋めるべき空白が渡されていないだけです。この記事では、その空白が五つあることと、それぞれ誰が何を決めるべきかを整理します。

なぜ研修では動かないのか

研修そのものが無駄だと言いたいのではありません。研修が届く範囲と、届かない範囲がある、ということです。

研修が届くのは、本人の中に蓄えられるものです。語彙、文法、発音、読み書きは持ち運べるので、職場が変わっても残ります。一方、研修が届かないものが三つあります。

一つは、職場ごとに違う言葉です。業務で使う語は、その建物にその設備があり、その作業があるから使われるもので、一般的な教材には出てきません。出てこないものは、教えようがありません。

二つ目は、とっさに出る速さです。研修の場では正しく答えられる人が、現場では黙ってしまいます。知識として持っていることと、忙しい時間帯に一秒で出てくることは別の能力です。速さは繰り返す回数で決まるので、週に一度の研修より、毎日の業務の中で同じ言葉を通るほうが速くなります。

三つ目は、言っていいかどうかの判断です。「分かりません」と言えるかどうかは、語学力の問題ではありません。言ったときに嫌な顔をされないという見込みがあるかどうかで、これは職場の側にしかありません。

最も重いのは、この三つ目です。研修で日本語が伸びるほど、事態が悪くなることさえあります。初級の人は聞き取れないので聞き返しますが、中級になると意味は分かるので、推測で答えを組み立てられるようになります。上達が、確認の頻度を下げる方向に働くのです。

そのため、職場の側を決めてから研修に出すという順番が必要です。逆にすると、決まっていない空白を上手に埋められる人が育つだけに終わります。

誰も様式を決めてくれない領域があります

「決めるのは会社の仕事だ」と言われても、腑に落ちないかもしれません。法令や業界の慣行が決めてくれている部分もあるはずだ、という感覚です。

その感覚は半分正しく、半分外れています。制度が様式まで決めてくれる領域と、決めてくれない領域があるからです。

分かりやすい例が、アレルギーの情報提供です。容器包装に入れて売る食品には、何をどう書くかが細かく定められています。ところが、客席で料理を出す行為にはその定めが及ばず、メニューに何も書かなくても違反にはなりません。

このとき、情報は紙を通らず、その場の会話だけが経路になります。制度が様式を用意していないので、会社が自分で様式を決めるしかありません。

→ 外食にアレルギー表示の義務はない|だから口頭の確認が最後の防壁になる

これは極端な例ではなく、典型例です。現場の会話のほとんどは、誰も様式を決めていない領域で行われています。「決めるのは会社の仕事」というのは理念の話ではなく、他に決める人がいないという事実の話です。

決めるべきことは五つあります

五つの領域と、決めないと起きることを表にまとめます。

決めること 決めないと起きること
一 入口で何を測るか 測っていない能力を期待して配置する
二 何を固定するか 判断してはいけない場面で判断される
三 何に幅を持たせるか 態度の問題として受け取られる
四 どう渡すか 教えたのに使われない
五 何で測り直すか 次に何を教えればよいか分からない

入口で何を測るか

採用の場で日本語力を測る道具として、まず思い浮かぶのは試験の級です。便利なので、求人票にも書きます。

ただし級は、どんな職場でも共通して使う言葉を、広く浅く測るように作られています。現場が求めるのは、その職場でしか使わない言葉を確実に扱えることです。方向が違うので、級が高くても業務の紙が読めないことは普通に起きます。

ここで決めるべきは、級で分かることと、自社で確かめることの切り分けです。級を見るのをやめる必要はなく、級の上に何を足すかを決めます。

→ JLPTの級で日本語能力を判断してはいけない理由

何を固定するか

現場には、その人に判断させてはいけない場面があります。

食材に何が入っているか、お客様の具合が悪そうなときに様子を見てよいか、といった場面です。こうした場面で新人に判断させると、たいてい正しく終わり、たまに終わりません。「たいてい正しい」という経験が積み重なるので、危うさが見えなくなります。

ここで決めるのは、言葉を一つに固定することと、条件を先に渡すことの二つです。

言葉の固定は、分からないときの一言を職場で一つに決めることです。選択肢が多いほど、とっさには出てきません。

→ 「多分大丈夫です」が現場でいちばん危ない言葉である理由

条件の受け渡しは、どうなったら誰を呼ぶかを、程度の言葉を使わずに書いておくことです。「ひどい」「かなり」は人によって基準が違うので、結局は判断を求めてしまいます。

→ 緊急時に「様子を見ましょう」と言わせない教え方

この二つは同じ構造で、その場で決めさせず、決めてあるものに当てはめさせるという考え方です。

何に幅を持たせるか

一方で、幅がなければ困る場面もあります。接客の言葉づかいがそれです。

待たせていないときと長く待たせたときとで同じ言い方をすると、具合が悪くなります。軽い言い方しか持たない人は冷たく映り、重い言い方しか持たない人は大げさに映り、どちらもお客様には態度の問題として届きます。

ここで決めるのは、場面ごとにいくつの言い方を渡すかです。言葉づかいの研修を重ねても、持っていない言い方は出てきません。

→ 敬語は4段階でスライドさせて教える|終了・理解・待機・謝罪

固定することと幅を持たせることは矛盾しません。判断させてはいけない場面は固定し、調整すべき場面は幅を渡す。この線引きさえ決まっていれば、現場は迷いません。混ぜたまま教えると、固定すべきところで揺れ、調整すべきところで硬直します。

どう渡すか

決めた内容をどういう形で渡すかが抜けると、決めたのに使われない状態になります。

最も効くのは順序です。人は最初に見たものを基準にするので、先に置いたものが基準になり、後から置いたものは基準からの差として受け取られます。渡す中身が同じでも、順序が違えば残るものが違います。

正しい形だけを渡すと、比べる対象がないので、人は自分の言い方を点検できません。先に「こう言うと何が起きるか」を見せてから正しい形を置くと、受け取り方が変わります。これは教材だけの話ではなく、手順書でも掲示でも同じです。

→ 間違いを先に見せる|正しい言い方だけ教えても定着しない理由

何で測り直すか

最後に、渡したものが届いたかを見ます。

ここで「日本語、だいぶ上手になりました」という総合評価に戻ってしまうと、せっかく分けたものが一つに潰れます。評価を一つの点数にまとめた瞬間、次の打ち手が消えます。

分けて測れば、次にやることが決まります。分けてみると、打ち手の向きが違うことも見えてきます。本人への教育で直るものと、職場の仕組みを直さなければ動かないものが混ざっているのです。

→ 外国人社員の日本語を、何で評価すればよいのか|4つの軸

「渡す」とは、何をすることか

ここまで「渡す」という言葉を繰り返してきたので、その中身を決めておきます。渡したつもりで渡せていない、というのが、いちばん多い失敗だからです。渡すとは、次の四つの段階を通ることです。

まず、決めること。選択肢のうち一つを選び、他を捨てます。複数を併記した時点で、現場に判断が戻ります。

次に、書くこと。口頭で伝えたものは、伝えた人の記憶にしか残りませんが、書けば、その人がいなくなった後も残ります。

さらに、置くこと。事務所の引き出しではなく、その行動が起きる場所に置きます。厨房のことは厨房に、フロントのことはフロントに置いてください。取りに行かないと見られないものは、渡したことになりません。

最後に、一度通すこと。紙を読み上げるのではなく、想定した場面で、実際に体を動かしてもらいます。一度でも通した人と、読んだだけの人とでは、当日の動きが違います。

多くの職場は、決めて書くところで止まっています。決めて、書いて、ファイルに綴じた段階で「周知した」と扱われます。置くことと通すことが抜けていると、渡した側だけが渡したつもりになります。

順番があります

五つを同時に始める必要はありません。費用がかからない順、効きやすい順に並べると、「何を固定するか」から始めるのが妥当です。

判断させてはいけない場面を洗い出し、言葉と条件を決めてください。ここは人命や信用に直結するうえ、紙と朝礼だけで着手できます。

次は「何で測り直すか」で、いまの評価表を分けます。分けると、幅の持たせ方と渡し方のどこが弱いかが見えます。見えてから手をつけるほうが、順番として無駄がありません。

「入口で何を測るか」は採用のタイミングでしか使えないので、次の募集に間に合えば十分です。

経営者にしか動かせないものがあります

ここまでの多くは、現場の責任者でも決められます。しかし、経営者の階層でなければ動かないものが三つあります。

一つは評価表です。現場の責任者は評価表を使う側で、作り変える側ではありません。「確認の項目だけは段階評価をやめる」といった変更は、上から下ろさないと入りません。

二つ目は、空振りの費用を会社が引き受けるという宣言です。「呼んで何もなくて構いません」と言えるのは、無駄になった時間の責任を負える立場の人だけです。現場の責任者が同じことを言っても、その人の裁量の範囲に見えてしまいます。

三つ目は、速さと安全のどちらを優先するかの表明です。現場のスタッフは、経営者がどちらを取るかを驚くほど正確に読み取っています。明言されていない職場では、スタッフは善意で速さを選び、言わないという選択は速さを選んだと受け取られます。

この三つは、研修の予算をつけるより安く、よく効きます。

この記事が扱っていないこと

範囲をはっきりさせておきます。この記事は、いま職場で起きているやり取りが通じるようにするための記事です。

扱っていないのは、時間の軸のほうです。数年にわたって人を受け入れるとき、途中で人が入れ替わることを前提にどう組むか。転籍、引き継ぎ、属人化、回収の前提といった論点は、別の記事で扱っています。

→ 転籍は防げません|人が入れ替わる前提で、受入れをどう設計するか

この記事 あちら
問い 日本語が通じる状態を、どう作るか 人が入れ替わっても事業が続く状態を、どう作るか
対象 いま職場で起きているやり取り 数年にわたる受入れの設計
効く場面 指示が通らない、確認されない、態度の問題に見える 抜けたときに止まる、回収が崩れる、理由なく期間が過ぎる

両方が要ります。日本語が通じるようになっても、その人が抜けたら止まる業務が残っていれば事業は続きません。逆に、属人化を解消しても、日々のやり取りが通じないままなら人は残りません。いま困っているのがどちらかで、読む順番を決めてください。

明日の三十分でできること

一つだけ挙げます。いまの評価表を開いて、日本語に関する行が何行あるかを数えてください。

一行なら、「何で測り直すか」から手をつける合図です。その一行が、本来は分かれているはずの複数の能力を一つに潰しています。

行がゼロなら、そもそも測っていません。この場合は「何を固定するか」から始めます。測る前に、決めるものがあるからです。

そのうえで、自社にいま欠けている領域の記事へ進んでください。安全に関わる業務があるなら「何を固定するか」へ、これから採用するなら「入口で何を測るか」へ、すでに雇っていて評価に困っているなら「何で測り直すか」へ。五つ全部を読む必要はありません。

「日本語ができない」という報告は、これからも上がってきます。そのときに、本人の何が足りないかではなく、職場が何を渡していないかを先に問うだけで、打てる手が変わります。


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本記事は2026年9月時点の法令・行政資料に基づきます。

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