「多分大丈夫です」が現場でいちばん危ない言葉である理由
TalkJPN for Business
お客様に「これ、えびは入っていますか」と尋ねられた新人が、「多分大丈夫です」と答えた。
この一言は、日本語の間違いではありません。文法も語彙も正しく、敬語も使えています。日本語の試験なら減点されない返答です。にもかかわらず、現場でいちばん危ない言葉です。
そして、この返答が出てしまう原因は、その人の日本語能力ではありません。
直すべきは語学力ではなく、確認の手順です
結論から書きます。「多分大丈夫です」が出る職場は、日本語が足りない職場ではなく、分からないときにどうするかを教えていない職場です。
ここを取り違えると、対策が「もっと日本語を勉強させる」になります。後で述べるとおり、それは事態を悪くすることさえあります。
「多分大丈夫です」は、たいてい親切から出てくる
まず押さえておきたいのは、これが外国人社員に限った話ではないことです。日本人の新人も同じことを言います。ただ、外国人社員の場合だけ、経営者が「日本語が足りないからだ」と誤って診断しやすい。そこが問題です。
なぜこの言葉が出るのか。理由はだいたい、次のどれかに当てはまります。
- 目の前のお客様を待たせたくない
- 「分かりません」と言うと、能力が低いと思われる気がする
- 先輩が忙しそうで、呼び止めるのが申し訳ない
- 教科書で「分かりません」は習ったが、その次に誰へ聞きに行くかは習っていない
つまり動機は、不誠実さではなく、ほとんどの場合は親切心と遠慮です。ここを取り違えて叱責から入ると、次からは報告そのものが上がってこなくなります。危ないのは、事故ではなく、事故が見えなくなることです。
もう一つ、構造的な事情があります。アレルギーの質問は、たいてい最も忙しい時間帯に、いちばん経験の浅い人のところへ届きます。お客様は、たまたま近くにいた人に尋ねるからです。そしてその人が「確認してきます」と言うには、忙しそうな先輩の作業を止めなければならない。職場でいちばん立場の弱い人が、職場でいちばん言い出しにくい行動を、いちばん余裕のない時間に取ることを求められている。
この構造を放置したまま「困ったら聞いてね」とだけ伝えても、まず機能しません。聞きに行くことが、その人にとって気軽な行動になっていないからです。
日本語が上手な人ほど、推測で答えられてしまう
ここが、この記事でいちばんお伝えしたい逆転です。
日本語がまだ初級の人は、そもそも質問を聞き取れません。だから聞き返す。結果として、意図せず確認が起きます。
ところが中級を過ぎると、質問の意味は分かるようになります。分かるからこそ、自分の記憶と推測で答えを組み立てられてしまう。「昨日の仕込みでは、えびは使っていなかったはずだ」。この推論は、たいてい合っています。たいてい合っているからこそ、誰も気づかないまま何か月も過ぎていきます。
そして、いつか一度だけ、合っていない日が来ます。
日本語能力が伸びることは、それ自体としては、確認行動の頻度を下げる方向に働きます。放っておけば、上達するほど危険が増える。語学研修を積んだだけでは事故が減らないのは、このためです。
「だいたいできる」で測ってはいけない能力がある
多くの現場では、新人の習熟度を四段階くらいで評価しています。「できない/要フォロー/良好/独力で可」のような物差しです。
この物差しは、接客の所作や配膳の速さには合っています。「良好」の人を現場に出すのは、合理的な判断です。
しかし、アレルギーの確認はこの物差しに乗りません。十回のうち九回正しく確認できる人は、「良好」ではなく未達です。安全に関わる行動には段階がない。やるかやらないかの二択です。
評価表に「アレルギーの確認」の行があるなら、そこだけは段階評価をやめて、○か×で付けてください。そして×が一つでも残っているうちは、その人を確認の最終責任者にしない。四段階評価のままにしておくと、「三(良好)だから大丈夫だろう」という判断で、推測で答える人が現場に立ち続けます。
現場で何を教えるか
では、日本語の授業ではなく職場として、何を教えるのか。四つあります。
言葉を一つに固定する
「確認してまいります」。これを、迷わず出せる状態にします。
丁寧な言い回しを何通りも教える必要はありません。むしろ選択肢が多いほど、とっさには出てきません。職場で一つに決めて、全員が同じ言葉を使う。新人にとっては「覚える言葉」が一つ減り、先輩にとっては「その言葉が出たら確認が要る」という合図になります。
「分からない」の次の動作まで決めておく
「分かりません」で終わると、お客様は宙ぶらりんになります。だから必ず一続きにします。
お客様に「確認してまいります」と伝える。決められた相手に聞きに行く。戻って、確認できた内容だけを伝える。——この三つを一つの動作として練習します。
このとき、聞く相手は役職ではなく人で決めてください。「責任者に」ではなく「その時間帯は誰に」。忙しい時間帯ほど迷いが生まれ、迷いが推測を生みます。
推測で答えないことを、日本語ではなく職場の規範として教える
ここが肝心です。
これを日本語の練習として教えると、「上手に言えるようになったらできること」になってしまいます。そうではなく、入社初日に渡す職場のルールの側に置いてください。「食材については、自分の記憶で答えない」。日本語のレベルに関係なく、全員が同じルールで動く。
日本語の課題として扱うか、規範として扱うか。この置き場所の違いが、現場では決定的に効きます。
「分かりません」と言った人を、評価で下げない
むしろ記録して、評価してください。
一度でも「聞きに行ったのに面倒そうにされた」という経験をすると、その人は二度と聞きに来ません。どれだけ良い仕組みを作っても、この一点が崩れると全部が無効になります。教育の成否は、ほとんどここで決まります。
経営者が明日できること
費用のかからないことから挙げます。
- 確認の言葉を一つに決めて、紙に書いて厨房とホールに貼る
- 「誰に聞くか」を時間帯ごとに書き出して、同じ紙に足す
- 評価表のアレルギー関連の行を、段階評価から○×に変える
- 朝礼で一度、経営者自身の口から言う。「分からないときは推測しないでください。確認で遅くなっても構いません」
最後の一つが、実はいちばん効きます。現場のスタッフは、経営者が速さと安全のどちらを優先しているかを、驚くほど正確に読み取っているからです。「確認のために手を止めていい」と明言されていない職場では、スタッフは善意で推測します。
日本語教育への投資を検討されているなら、順番があります。語彙や敬語を増やす前に、まず「分かりません」と言える職場をつくる。その土台がないまま日本語だけが上達すると、推測で答えられる人が増えるだけです。
逆に言えば、土台さえあれば、日本語の力はそのまま安全の厚みになります。「確認してまいります」と言えて、聞きに行けて、正確に伝えて戻ってこられる。そこまでが一続きでできる人は、語学の試験で測れる以上の戦力です。
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