間違いを先に見せる|正しい言い方だけ教えても定着しない理由
TalkJPN for Business
正しい言い方を教えたのに、現場ではそのとおりに使えていない。そういう相談をいただくとき、教材を見せてもらうと、たいてい共通点があります。
正解しか書かれていないのです。
結論:正解だけを渡すと、間違いに気づく力が育ちません
先に結論です。人が自分の言い方を直せるのは、比べる対象を持っているときだけです。
正しい形だけを覚えた人は、自分の発話が正しいかどうかを点検できません。判断の材料が片方しかないからです。結果、ずれたまま固まります。そして固まってから直すのは、最初に覚えるより何倍も大変です。
だから、間違いを先に見せます。避けるのではなく、教材の側に置く。
正解だけを教えた人に、現場で起きること
三つあります。
一つめ。自分の言い方を点検できない。 「これで合っているだろうか」と思ったとき、照らし合わせる相手がいません。合っている例は知っていても、外れている例を知らないので、自分がどちら側にいるか分からない。
二つめ。周りの日本語が理解できない。 現場で実際に話されている日本語は、教科書どおりではありません。略されたり、順番が入れ替わったり、主語が落ちたりします。正解だけを学んだ人は、この崩れた形を「知らない表現」として処理してしまい、意味にたどり着けません。
三つめ。正しさの輪郭がぼやける。 どこまで崩していいのかが分からないので、崩せません。かたい言い方のまま現場に立ち続けることになり、周りからは「よそよそしい」と見られます。本人は正しく話しているのに、です。
なぜ、間違いを見せることを避けてしまうのか
教える側の不安は、はっきりしています。間違いを見せたら、それを覚えてしまうのではないか。
この心配は自然です。しかし、実際に起きることは少し違います。
間違いが刷り込まれるのは、それが間違いだと分からないまま触れたときです。現場で先輩の崩れた言い方をそのまま吸収してしまうのが、まさにこの形です。
一方、教材の中で「これは通じない言い方です」とラベルを付けて、正しい形と並べて見せた場合、起きるのは逆のことです。二つを比べることで、正しい形の輪郭がはっきりします。並べるから見えるのであって、片方だけでは見えません。
つまり選択肢は、「間違いを見せるか、見せないか」ではありません。「こちらがラベルを付けて見せるか、現場でラベルなしに出会わせるか」です。後者は、必ず起きます。
見せ方には、守るべき条件があります
ただし、やり方を誤ると害のほうが大きくなります。条件は三つです。
誰の間違いか分かる形で見せない
これがいちばん大事です。本人や同僚の発話を、そのまま教材にしないでください。
たとえ名前を伏せても、現場の人には誰のことか分かります。分かった瞬間、その教材は指導ではなく見せしめになります。そして、間違えることそのものが恥ずかしいことになり、次から口を開かなくなる。
使うのは、その職場で起きうる一般的な言い方です。実際に誰かが言った言葉ではなく、言いそうな言葉を教材にしてください。
「なぜ危ないか」まで一緒に見せる
間違いだけを並べると、笑い話になります。笑い話は記憶に残りますが、行動は変わりません。
その言い方をすると何が起きるのかを、必ず添えてください。「意味が反対に伝わる」「相手が待っていいのか帰っていいのか分からない」「確認が済んだと誤解される」。結果まで書いて、はじめて教材になります。
現場で実際に起きる間違いに限る
文法的に珍しい誤用は要りません。試験には出ても、現場では起きません。
選ぶ基準は、その間違いが起きたとき、業務に影響が出るかです。影響が出ないものは、教材から外してください。数を絞るほど、残ったものが際立ちます。
何を「間違い」として見せるか
優先順位の高いものから挙げます。
通じるけれども、意味が変わる言い方。 これが最優先です。文法の誤りは、聞いた側が「日本語の間違いだ」と気づいて聞き返せます。しかし意味が通ってしまう言い方は、誤解されたまま進みます。気づく機会がありません。
複数の意味に取れる返事。 承諾とも辞退とも取れる返事、肯定とも否定とも取れる相づち。これらは、現場で頻繁に食い違いを生みます。
断定と推測の区別がない言い方。 自分で確かめたことと、そう思っただけのことが、同じ形で出てしまう。これは安全に直結します。この話は以前に詳しく書きました。
間違いを見せると、聞ける人が育ちます
もう一つ、あまり語られない効果があります。
間違いを教材に載せている職場では、間違いが日常の話題になります。「これ、やりがちですよね」という会話が成立する。すると、自分が間違えたときにも口に出しやすくなります。
逆に、正解だけを掲げている職場では、間違いは例外として扱われます。例外を起こしたと思った人は、それを隠します。隠された間違いは、次の人にも起きます。
つまりこれは、教材の作り方の話であると同時に、間違いを職場でどう扱うかという話でもあります。教材の側に間違いが載っているかどうかは、その職場が間違いを想定しているかどうかの表明になります。
日本語を学んでいる本人にとっては、この差はかなり大きい。自分の失敗が「起こりうること」として先に示されているのと、自分だけが起こした事故のように感じるのとでは、次に口を開くまでの時間が違います。
順番は、間違い、結果、正しい形
教材に載せる順番も決めておきます。
間違いを先に見せる。次に、それが起きたときの結果。最後に、正しい形。
正しい形を先に置くと、そこで納得してしまい、後に続く間違いの部分が読み飛ばされます。間違いから始めると、「これは自分もやりそうだ」という引っかかりが先に来るので、正しい形を受け取る準備ができます。
この順番は、日本人スタッフ向けの手順書にも使えます。やってはいけないことを先に書いた手順書は、読まれ方が違います。
経営者が明日できること
- 現場で実際に困った言い違いを、思い出せるだけ書き出す。誰が言ったかは書かない
- そのうち、業務に影響が出たものだけを残す。半分以下になるはずです
- 残ったそれぞれに、「何が起きたか」を一行足す
- 「間違い/結果/正しい形」の順に並べ替えて、一枚にする
この一枚は、外注の教材では作れません。どんな言い違いが起きるかは、業務の中身によって決まるからです。自社の現場でしか作れない教材が、いちばんよく効きます。
そして、この紙を作る過程そのものに価値があります。どんな言い違いが業務に影響するかを書き出す作業は、自社の業務のどこが言葉に依存しているかを洗い出す作業と、同じことだからです。
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