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転籍は防げません|人が入れ替わる前提で、受入れをどう設計するか

TalkJPN for Business

外国人材の受入れを検討している経営者から、必ずといってよいほど出てくる懸念があります。

「育てた人が、他社に移ってしまうのではないか」

続いて出てくるのが、「どうすれば防げますか」という問いです。この問いに正面から答えようとすると、ほとんどの場合は行き止まりに着きます。実務の助言としても「待遇を良くしましょう」「コミュニケーションを大事に」といった、誰でも言える話に落ちていきがちです。原因は、問いの立て方にあります。

問いを「防ぐ」から「続く」へ組み替えます

先に結論を述べます。「どうすれば防げるか」という問いを、「誰が抜けても続く形になっているか」に置き換えてください。

諦めを勧めているわけではありません。後者のほうが、実際には転籍されにくくなります。また、転籍が起きなかった場合でも、置き換えたこと自体が会社に残ります。

以下、防ぐで考えると何が起きるか、続くで考えると何が変わるか、何を設計するのか、の三段階で説明します。

「防ぐ」で考えると、三つの行き止まりに着きます

打てる手が、制度の外側に出ていきます

本人の意向による転籍は、育成就労の制度が認めているものです。認められている行動を起こさせないという目標を立てた瞬間に、使える手段は制度の内側から無くなります。外側に出た手段は、金銭で縛る、情報を渡さない、動きを監視する、というおおむね三つの方向に進みます。

金銭で縛る方法は、労働法制の基本的な考え方と正面からぶつかります。確認済みの根拠を持っていないため、この記事では具体的な条文を挙げません。ただ、この方向を検討するのであれば、必ず先に弁護士に相談してください。経営判断として社内で決めてよい領域ではありません。

情報を渡さない方法は、短期的にも失敗します。本人は同じ母語の人のつながりから情報を得るので、会社だけが知らせていなかったという構図が残り、信頼の面で損をすることになります。

監視は、現場の空気に表れます。責任者に「あと何か月で転籍できてしまう」と数えさせると、その緊張は必ず本人に伝わります。

「防げたかどうか」は測れません

経営の目標は、達成したかどうかが分かるものである必要があります。ところが、転籍を防げたかどうかは測れません。移らなかったことが施策の効果なのか、たまたまなのか、本人にそもそもその気がなかったのかを区別できないからです。

測れない目標は、現場で運用されません。やってもやらなくても結果が同じに見えるため、忙しくなった時点で消えていきます。

何も起きなければ、投資が残りません

防止を目的にした施策は、転籍が起きなかった場合に何も生みません。引き止めのために出した一時金、監視のための管理工数、情報を絞ったことによる遅れは、どれも起きなかった場合には純粋な費用になります。投資として筋が悪いという点が、本質的な問題です。

「続く」で考えると、三つが変わります

問いを組み替えると、いま挙げた三つが裏返ります。

打てる手は、すべて自社の内側にあります

「誰が抜けても続く形になっているか」という問いに対する手は、すべて自社の内側にあります。制度の解釈も、相手の意思も関係ありません。手順が書いてあるか、書いたものが行動の起きる場所に置いてあるか、その人しか知らないことがどれだけ残っているか。いずれも自分で決められることです。

目標を測れるようになります

「続く形か」は、次のように測ることができます。

  • 一人抜けたときに止まる業務は、いくつあるか
  • 手順が書いてある業務は、全体の何割か
  • その人について残した記録を、次の人が読んで動けるか

数えられるので去年より良くなったかが分かり、分かるので現場でも運用されます。

転籍が起きなくても、投資が残ります

この違いがいちばん大きいところです。属人化を減らす作業も記録を残す作業も、転籍とは関係なく効きます。日本人社員が辞めたとき、産休に入ったとき、急に入院したときにも、効き方は同じです。残るのは、何も起きなかった場合でも無駄にならない投資だけであり、この点が防ぐための施策と決定的に違います。

「続く形」は、結果として引き止めになります

ここまで「防ぐのをやめる」と書く一方で、結果として転籍されにくくなるとも書きました。矛盾しているように見えるので、理由を説明します。

人が移る判断をするとき、比べているのは、いまの場所でこの先どうなるかと、別の場所に行ったらどうなるか、の二つです。「続く形」を作る作業は、前者を直接良くします。

まず、手順が書いてあると、任される範囲が広がります。書いていない仕事は教えるのに時間がかかるため、忙しい現場では任せられず、その人はいつまでも同じ仕事だけをすることになります。書いてあれば渡せるので、仕事が増えます。仕事が増えることは、本人から見れば成長です。

次に、記録が残っていると、伸びが本人にも見えます。半年前にできなかったことが、いまできている。この確認ができる職場とできない職場とでは、本人の納得がまったく違います。

さらに、情報が届く経路があれば、「自分だけが知らされていない」という感覚がなくなります。この感覚は、待遇とは別のところで人を離れさせるものです。

いずれも、防ぐことを目的にしていたら出てこない手です。防止の発想からは、待遇を上げるか縛るかの二択しか出てきません。加えて、これらは空振りになりません。引き止めのための一時金は移られたら消えますが、手順書と記録は移られても残ります。

前提として、確定していることと、していないこと

設計に入る前に、制度の側で確定している部分を確認しておきます。ここを曖昧にしたまま計画を立てると、後で全部やり直すことになります。

確定しているのは、本人の意向による転籍が認められるまでの期間が分野ごとに定められており、自社で決められるものではない、という点です。出典は分野別運用方針に基づく資料です。原本には「1年とすることを目指しつつも、当分の間」と書かれており、いまの年数が恒久的なものとして置かれていないことも読み取れます。

確定していないのは、補填の額です。転籍が起きたときに転籍元が受けられる補填の仕組みはあり、在籍期間に応じた比率は省令で確定しています。しかし、その比率を掛ける基礎となる額はまだ定められておらず、出入国在留管理庁は「今後制定する予定です」と公表しています。したがって、補填の見込み額を計画に数字として載せることはできません。

自社で確認すべきこともあります。本人の意向による転籍には、期間のほかに技能と日本語能力の要件があり、その内容は分野別運用方針に委ねられています。分野ごとに異なりうるとされているので、自社の分野の運用方針を直接あたってください。

年数の一覧と補填の比率の表は、それぞれ別の記事にまとめています。

→ 分野ごとの期間の一覧はこちら

→ 転籍時の費用は誰が負担するのか|按分の仕組みと、まだ決まっていないこと

設計するのは、三つの層です

では、何を設計するのか。設計の対象は三つの層に分かれ、上にあるものほど、決めるのが遅れたときの傷が大きくなります。

層 決めること 決めないと起きること
事業の層 回収の前提を、どこに置くか 前提が崩れてから気づく
仕事の層 一人に集まっているものを、どう外へ出すか 抜けた日に業務が止まる
人の層 ここにいる理由を、どう作るか 理由がないまま期間が過ぎる

以下では、各層で何を決めるかだけを書きます。どうやるかは、それぞれの記事で扱っています。

事業の層では、回収の前提をどこに置くかを決めます

決めるのは、何年で回収する計画にするかです。ここで置いた前提が、他のすべてを左右します。長く置けば、途中で抜けたときに必ず崩れます。短く置けば、採算が合わないという結論が出ることもあります。

その結論は、受け入れた後よりも受け入れる前に出たほうがよいものです。前提を短く置くのは、悲観ではなく検算だと考えてください。

決めずにおくと、誰も前提を書いていないので、崩れたことに気づけません。気づくのは、抜けられたときが初めてになります。

→ 転籍で人材が流出するリスクに、どう備えるか

仕事の層では、一人に集まっているものをどう外へ出すかを決めます

決めるのは、何を書き出し、どこに置き、誰が確かめるかです。転籍の痛みの大きさは、移った人数ではなく、その人が抜けたときに止まる業務の量で決まります。同じ一人が抜けても、手順が書いてある職場と頭の中にしかない職場とでは、被害がまったく違います。

決めずにおくと、抜けた日に業務が止まり、その日から残った人が残業で埋めることになります。

→ 引き継ぎとチーム内コミュニケーションの設計

人の層では、ここにいる理由をどう作るかを決めます

決めるのは、誰が、何を、いつまでに変えるかです。人が移るのは、いまの場所に不満があるときか、別の場所によりよいものが見えたときです。前者は、話が通じない、任される仕事が増えない、困ったときに聞ける相手がいない、といった点を直すことで自社で減らせます。

変わるべきなのは迎える側です。入ってくる人は毎回違い、迎える側は毎回同じだからです。

決めずにおくと、「慣れるまで様子を見よう」のまま期間が過ぎていきます。慣れるまでに終わりはないので、何も始まりません。

→ 日本人社員の側が変わらないと、定着しません

上から順に進めてください

三つを同時に始める必要はなく、上から順に進めれば足ります。

事業の層を最初にするのは、ここが他の二つの予算と優先度を決めるからです。回収期間の前提を引き直すと、「いつまでに何を整えておく必要があるか」が自然に出てきます。

次は仕事の層です。紙と時間だけで着手でき、効果も測れます。転籍が起きなくても確実に残るので、投資として最も安全です。

人の層は時間がかかりますが、いちばん効きます。事業の層と仕事の層を進めながら、並行して始めてください。

それでも「防ぐ」に戻ろうとする力が働きます

最後に、実務上の注意を一つ挙げます。問いを組み替えても、時間が経つと考え方は「防ぐ」に戻っていきます。戻す力が三つの方向から働くからです。

一つめは、現場の責任者の立場です。自分の持ち場から人が移ったら管理責任を問われるのではないか、と考えている限り、責任者は防ぐ側に立ちます。期間の満了日を数え、本人の様子を探る運用が、誰の指示もなく始まります。

二つめは、同業の話です。「あそこは引き抜かれた」という話は、必ず伝わってきます。伝わるのは結果だけで、その会社が何を設計していたかは伝わりません。対策の話として語られるため、防止の発想が補強されます。

三つめは、一件起きたときの反応です。実際に一人移ると、社内の議論は「どうすれば防げたか」から始まります。自然な反応ではありますが、その議論のまま結論を出すと、縛る方向の施策が決まってしまいます。

対処としては、起きる前に言葉にしておくことです。「転籍は防ぐ対象ではない」「評価するのは、抜けても止まらない形になっているかだ」の二つを、平時のうちに文書にしてください。起きてから言っても、後付けの弁解に聞こえてしまいます。

経営者にしか動かせないものが、三つあります

ここまでの多くは、現場の責任者でも進められます。ただし、経営者の階層でなければ動かないものが三つあります。

一つめは、回収の前提を引き直す決裁です。前提を短く置き直すと、採用計画も設備投資も影響を受けます。現場の責任者が動かせる範囲ではありません。

二つめは、「防ぐな」と言明することで、これがいちばん抜けやすいところです。現場の責任者は、転籍されたら自分の管理責任を問われると考えており、そう思っている限り、期間の満了日を数えて本人の様子を探る運用になります。「防ぐことを目標にしなくてよい」と上から言わないと、この運用は止まりません。

三つめは、抜けたときの手順を先に決めておく権限です。誰が最初に話を聞くか、引き継ぎの期限をいつにするか、残る社員にどう伝えるか。起きてから決めると、必ず感情の話から始まります。こうしたことは、起きていないときにしか決められません。

四つめを挙げるなら、残る社員への説明です。一人が移ったとき、残った人は必ず「自分はどうするか」を考えます。会社が何も言わずにいることは、何も言わないというメッセージとして伝わります。

レーンの違いについて

このサイトには、もう一本の入口として、日本語が通じる状態をどう作るかを扱った記事があります。

→ 外国人社員の日本語は、研修では解決しません|職場の側で決める五つのこと

二つの記事の役割は、次のように分かれています。

あちら この記事
問い 日本語が通じる状態を、どう作るか 人が入れ替わっても事業が続く状態を、どう作るか
対象 いま職場で起きているやり取り 数年にわたる受入れの設計
効く場面 指示が通らない、確認されない、態度の問題に見える 抜けたときに止まる、回収が崩れる、理由なく期間が過ぎる

両方が必要です。日本語が通じるようになっても、その人が抜けたら止まる業務が残っていれば、事業は続きません。逆に、属人化を解消しても、日々のやり取りが通じないままでは人は残りません。いま困っているのがどちらかで、読む順番を決めてください。

明日の三十分で、紙を一枚

一つだけ挙げます。紙を一枚用意して、「その人が明日から来なくなったら止まる業務」を書き出してください。外国人社員に限らず、全員について一人ずつ思い浮かべながら書きます。

三十分で書き終わらないなら、それ自体が結果です。止まる業務が多すぎる、という診断がその場で出ていることになります。

書き終わったら、上から二つだけ選んで、手順を書く担当と期限を決めてください。ここまでが三十分の範囲です。

「どうすれば防げますか」という問いに、いい答えはありません。問いを変えれば、明日からできることが見えてきます。その作業の大半は、転籍が起きても起きなくても、会社を強くします。


この記事で引いた原本

  • 出入国在留管理庁・厚生労働省「分野別運用方針の主要な記載事項」(分野ごとの期間、「当分の間」の記載)
  • 育成就労法施行規則 第28条第7号、出入国在留管理庁「育成就労制度Q&A」Q55(補填の比率と、額を定めるものが未制定であること)

制度は改正されます。この記事の内容は時点注記の日付時点のもので、実際の判断にあたっては最新の条文と公表資料をご確認ください。労働法制に関わる判断は、弁護士にご相談ください。


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本記事は2026年9月時点の法令・行政資料に基づきます。

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