転籍で人材が流出するリスクに、どう備えるか
TalkJPN for Business
「育てた人が、他社に移ってしまうのではないか」
育成就労で受け入れるかどうかを迷う経営者から、最もよく聞く懸念です。多くの場合、その次に出てくるのは「どうすれば防げるか」という問いです。
当社は、この問いの立て方を先に変えたほうがよいと考えています。転籍は制度として認められたものなので、防ぐことを目的に置くと、打てる手がほとんど残らないからです。
防ぐ設計ではなく、起きても続く設計にします
備えの目標は、起きないようにすることと、起きても事業が続くようにすることの二つに分けられます。
- 起きないようにする方向は、制度上できることが限られ、無理をすると別の問題を生みます
- 起きても事業が続くようにする方向は、いますぐ手を打てます
後者に寄せてください。結果として、後者の備えをした会社のほうが転籍されにくくなります。属人化を減らし、仕事を任せ、話が通じる職場であれば、そもそも移る理由が小さいからです。
備えは、制度から確定している与件の上に組みます。以下ではまず、その与件を三つ確認します。
転籍できるようになるまでの期間は、分野で決まっています
本人の意向による転籍が認められるまでの期間は、分野ごとに1年か2年のどちらかで、自社で決められるものではありません。
原本には「1年とすることを目指しつつも、当分の間」と書かれています。いまの年数は、恒久的なものとして置かれているわけではないということです。出典は分野別運用方針に基づく資料で、分野ごとの一覧は別の記事に書きました。
計画に使うときは、いまの年数を上限として投資回収を組まず、短くなる側に動く可能性を前提に置いてください。
補填の仕組みはありますが、額は計算できません
本人の意向による転籍が起きたとき、転籍先が転籍元へ一定額を支払う仕組みがあり、在籍期間に応じた比率は省令で確定しています。ただし、その比率を掛ける基礎となる額は、まだ定められていません。出入国在留管理庁が「この告示は今後制定する予定です」と公表しています。
→ 転籍時の費用は誰が負担するのか|按分の仕組みと、まだ決まっていないこと
計画に使うときは、補填を回収の当てにしないでください。戻る額が読めない以上、戻らない前提で成り立つ回収計画にしておく必要があります。
期間が過ぎても、自動的に何かが起きるわけではありません
転籍制限期間が過ぎることは、転籍が起きることを意味しません。期間は「本人の意向による転籍が認められるようになるまで」の長さです。出典は上と同じ、分野別運用方針に基づく資料です。
本人の意向による転籍には、期間以外にも技能と日本語能力の要件があり、分野別運用方針で定められています。分野ごとに異なりうるとされているので、自社の分野の運用方針を直接確認してください。
計画に使うときは、期間の満了日を「流出が始まる日」と呼ばないようにしてください。社内でそう呼ぶと、現場がその日を身構えて迎えることになります。
与件から導ける四つの備え
与件を踏まえた備えを、効き始めるのが速い順に並べます。
回収できる期間を、短く見積もる
投資回収の前提は、確定している期間より短く置いてください。期間が短くなる側に動きうること(一つ目の与件)と、補填が計算できないこと(二つ目の与件)が理由で、どちらも長く見積もるほど計画が崩れやすくなる方向に働きます。
短く見積もると採算が合わない、という結論が出ることもあります。その結論は、受け入れてから出るより、受け入れる前に出たほうがよいはずです。
その人しか知らない仕事を、減らす
転籍の痛みの大きさは、その人が抜けたときに止まる業務の量で決まります。同じ一人が抜けても、手順が書いてある職場と、頭の中にしかない職場とでは、被害がまったく違います。これは転籍とは関係なく効く備えで、日本人社員が辞めたときにも同じように効きます。
やることは決まっていて、手順を書き、置き場所を決め、一度通してもらうことです。書いたものが現場に置かれていなければ、書いていないのと変わりません。
記録が残る形を作る
前の項目とつながりますが、別の話として、その人が何をどこまでできるようになったかの記録を残してください。
記録がないと、抜けたときに次の人へ渡すものがありません。また、本人にも自分の伸びが見えず、それ自体が移る理由になります。何を記録するかは、評価の軸を決めておけば自然に決まります。軸の立て方は別の記事に書きました。
移る理由を減らす
最後の備えは、時間はかかりますが、いちばん効きます。
人が移るのは、いまの場所に不満があるか、別の場所によりよいものがあると見えたときです。このうち前者は、自社で減らせます。減らせるものの代表は、話が通じないこと、任される仕事が増えないこと、困ったときに聞ける相手がいないことです。いずれも日本語力の問題に見えますが、実際は受入れ側の設計の問題です。
やってはいけない備え方
逆向きの手も挙げておきます。
一つ目は、金銭で縛ろうとすることです。労働者を辞めさせないために金銭的な負担を課す仕組みは、労働法制の基本的な考え方と正面からぶつかります。この記事では具体的な条文を挙げません。台帳に確認済みの根拠がないためです。ただ、この方向を検討するなら、必ず先に弁護士に相談してください。自社で判断してよい領域ではありません。
二つ目は、情報を渡さないことです。制度の内容を本人に知らせないでおけば動かない、という発想は、短期的にも長期的にも裏目に出ます。本人は同国人のつながりから情報を得るので、会社だけが知らせていなかったという構図が残ります。
三つ目は、期間満了日を監視することです。現場の責任者に「あと何か月」と数えさせると、その空気は本人に伝わります。数えるべきは残り期間ではなく、渡した仕事と残した記録です。
起きたときに、決めておくこと
備えの最後は、起きた後の手順です。先に決めておけば、起きたときに感情の話から始まらずに済みます。
- 誰が最初に話を聞くか。現場の責任者か、それ以外か
- 引き継ぎの範囲と期限。何を、いつまでに、誰へ渡すか
- 記録の扱い。その人について残した記録を、次の受入れにどう使うか
- 残る社員への伝え方。ここを放置すると、連鎖します
抜けやすいのは四つめです。一人が移ったとき、残った社員は「自分はどうするか」を必ず考えます。会社が何も言わないことは、何も言わないというメッセージとして伝わります。
経営者が明日できること
- 自社の分野の期間を確認し、それより短い期間で回収計画を引き直す
- 補填の見込み額を計画に入れているなら、額が決まっていないので、いったん外す
- 一人抜けたら止まる業務を書き出す。それが、いま最も大きいリスクです
- 期間満了日を数える運用になっていないか、現場の責任者に確認する
- 転籍を申し出られたときの手順を、上の四つについて決めて書いておく
転籍は、制度が認めたものです。防ぐことを目的にした瞬間に、打てる手は制度の外側に出てしまいます。起きても続く形を先に作ってください。その作業の大半は、転籍とは関係なく会社を強くします。
この記事で引いた原本
- 出入国在留管理庁・厚生労働省「分野別運用方針の主要な記載事項」(分野ごとの期間)
- 育成就労法施行規則 第28条第7号、出入国在留管理庁「育成就労制度Q&A」Q55(補填の比率と、額を定めるものが未制定であること)
制度は改正されます。この記事の内容は時点注記の日付時点のもので、実際の判断にあたっては最新の条文と公表資料をご確認ください。労働法制に関わる判断は、弁護士にご相談ください。
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