弱い軸が見つかった後、原因をどう追うか|環境・教え方・母語の順に疑う
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日本語の力を四つの軸に分けて測ると、弱い軸が見えてきます。理解が弱い、産出が弱い、確認をしていない、記録が残らないといった形で、どれか一つ、あるいは複数が残ります。
この記事で考えたいのは、弱い軸が分かった後に、その軸が伸びない原因をどう追うかです。測り方そのものはここでは扱わず、四つの軸と軸ごとの測り方は別の記事に書きました。
まだ測っていない段階なら、先にそちらを読んでください。測る前に原因を探すと、実際には伸びているものを「伸びていない」と扱ってしまいます。
本人を疑うのは、最後にしてください
弱い軸が見つかったとき、原因を探す場所は三つあります。
- 職場の環境。日本語を使う機会と、使いやすい条件があるか
- 教え方。練習の種類と順番が、つまずいている場所に合っているか
- 母語の影響。母語の仕組みに由来する、時間のかかるつまずきではないか
確かめるときは、この順番で進めます。上にあるものほど確かめる手間が小さく、会社の側で直せる余地が大きいからです。本人の資質を疑うのは、三つを確かめた後で十分です。
なぜ、本人を最初に疑ってしまうのか
理由は単純で、本人がいちばん目に入るからです。職場の環境や研修の中身、母語との相性は、ふだん意識されません。目に入るのは言葉に詰まっている本人の姿だけなので、原因もそこにあるように感じられます。
しかし、同じ研修を受け、同じ職場で働いている何人もの人が、同じように伸び悩んでいるとしたらどうでしょうか。その場合は一人ひとりの問題というより、全員に共通する何かの問題である可能性が高くなります。
見分けるための問いは、次の二つです。
- 母語の違う同僚も、同じところで止まっていないか
- 同じ母語の同僚も、同じところで止まっていないか
一つめに当てはまるなら、母語に関係なく起きているので、職場の環境か教え方を疑います。二つめに当てはまるなら、母語の影響を疑います。どちらにも当てはまらず、その人だけが止まっているなら、そこで初めて個人の事情を考えます。
この二つの問いは、社員が一人しかいない職場では使えません。その場合も、下の三つを順番に確かめることで、同じように絞り込めます。
使う機会と、使いやすい条件があるか
弱い軸が分かったら、最初に疑うのは職場の環境です。その軸を使う場面が、そもそも一日の中にあるかを見ます。
言葉は、使わなければ伸びません。とくに自分から話す力は、実際に話す場面がどれだけあるかに強く左右されます。職場を見て、次の点を確かめてください。
一つは、決まった言い方だけで一日が終わっていないかです。業務が定型化している職場では、限られた表現だけで一日が回ります。仕事としては効率がよいのですが、それ以上の言葉を使う必要が生まれないので、伸びが止まるのは自然なことです。
同じ母語の同僚とだけ話していないかも見てください。休憩中の会話も、分からないときの相談も母語で済む環境では、日本語を使う場面は業務の定型の部分だけになります。
日本人スタッフが、話しかけにくい状態を作っていないかも確かめます。早口、省略の多い言い方、聞き返されたときの面倒そうな顔。こうした小さなことが積み重なると、本人は日本語で話す場面を避けるようになります。本人から見れば、それは合理的な選択です。
研修が仕事に押し出されていないかも、環境の問題です。忙しい時期に研修が後回しになったままになっていたり、夜勤明けに研修が入っていて頭に入らなかったりすることがあります。
確かめるには、その社員が一日のうちに、決まった言い方以外の日本語を話す場面がいくつあるかを数えてください。ほとんどなければ、伸び悩みの主な原因は職場の環境にあります。
練習の種類が、つまずきに合っているか
環境は整っているのに止まっているときに疑うのが、教え方です。ここで見るべきなのは、練習の量ではなく、練習の種類です。
たとえば、音の長さを聞き分けられていない人に、正しい言い方を何度も言わせても、発音は直りません。聞き分けられない違いは、言い分けられないからです。必要なのは、言う練習を増やすことではなく、聞き分ける練習を先に入れることです。
同じように、話は理解できるのに自分からは言えない人に、文法の説明を重ねても、言えるようにはなりません。この場合に必要なのは、場面を決めて、その場面の言い方を実際に使う練習です。
このように、止まっている力と練習している力がずれていることがあります。確かめるべきは、次の三点です。
- 止まっている力に対して、その力を直接使う練習が入っているか
- 聞く、言う、書くの順番が、つまずいている場所に合っているか
- 間違えたとき、何が違ったのかが本人に分かる形で返されているか
三つめは見落とされがちです。「違います」とだけ言われても、何が違ったのかが分からなければ、本人は同じ誤りを繰り返します。直されているのに直らないという状態は、たいていここで起きています。
確かめるには、研修の講師に「この人はいまどこでつまずいていて、そのためにどんな練習をしているか」を聞いてください。一人ひとりについて違う答えが返ってくれば、教え方は的を射ています。全員について同じ答えなら、教え方がつまずきに合っていない可能性があります。
母語に由来する、時間のかかるつまずきか
環境も教え方も確かめたうえで、それでも特定の場所で止まり続けるなら、母語の影響を考えます。
母語の仕組みは、新しい言語の学び方に深く影響します。似ているところは速く進み、違うところで長くつまずきます。どこでつまずくかは母語によって違い、同じ母語の人に共通して現れるのが特徴です。先に挙げた二つめの問い、「同じ母語の同僚も、同じところで止まっていないか」が当てはまるのは、この場合です。
たとえば、インドネシア語を母語とする人は、のばす音や小さい「っ」のような音の長さでつまずきやすく、ミャンマー語を母語とする人は、文法は速い一方で、「ん」などの発音に長く苦労しやすいという違いがあります。
→ インドネシア語話者がつまずく日本語|長音・促音・撥音はなぜ難しいか
→ ミャンマー語話者がつまずく日本語|文法は速いのに発音で苦しむ理由
母語の違う人が同じ研修を受けている職場では、全員に同じ練習をしても一部の人にしか効きません。その場合の教え方は、こちらに書きました。
→ 母語が違えば、つまずく場所が違う|多国籍の職場での教え方
母語に由来するつまずきには、放っておくとそのまま固まるという特徴があります。
学んでいる途中の人の日本語は、母語とも、目標とする日本語とも違う、その人なりの体系を持っています。言語学ではこれを中間言語と呼び、その途中の体系のまま誤りが固まって動かなくなることを化石化と呼びます。毎日の業務が回っている限り、固まった誤りを直す必要は生まれないので、この状態は長く続きます。
ですから、母語の影響だと分かったら、「そのうち慣れる」を待たずに、つまずいている場所に的を絞った練習を入れる必要があります。
最後に、本人の事情を考えます
三つを確かめても説明がつかないとき、初めて本人の事情を考えます。
ただし、ここでいう事情は、やる気や適性とは限りません。体調、家族のこと、住まいやお金の不安、職場の人間関係など、日本語以外のところに学ぶ余裕を奪っているものがないかを、まず聞いてください。言葉の伸びは、生活の安定の上に乗っています。
疑う順番を、表にしておきます
| 順番 | 疑う場所 | 当てはまるときの様子 | 確かめ方 |
|---|---|---|---|
| 一 | 職場の環境 | 決まった言い方だけで一日が終わる | 決まった言い方以外で話す場面を数える |
| 二 | 教え方 | 母語の違う人も同じところで止まる | 一人ひとりのつまずきと練習の対応を講師に聞く |
| 三 | 母語の影響 | 同じ母語の人が同じところで止まる | 母語ごとに、止まっている場所を並べる |
注目していただきたいのは、上の二つが会社の側で直せるものだという点です。三つめも、的を絞った練習という形で、会社の側から手を打てます。どれも、本人が一人で努力して越えられるものではありません。
経営者が明日できること
- 弱い軸が出ている社員と、出ていない社員の一日を並べてみてください。同じ職場でも、持ち場によって日本語を使う場面の数は違います
- ほかの外国人社員も同じところで止まっていないかを確かめます。母語が違う人も同じなら、職場か研修を疑います
- その社員が一日のうちに、決まった言い方以外の日本語を話す場面を数えます
- 研修の講師に、一人ひとりのつまずきに合わせて何を練習しているかを聞きます
伸び悩みは、多くの場合、何かを変える必要があるという合図です。その「何か」を本人の中だけに探すと、見つからないまま時間が過ぎていきます。疑う順番を決めておけば、打つ手はずっと見つけやすくなります。
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