母語が違えば、つまずく場所が違う|多国籍の職場での教え方
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同じ研修を、同じ講師で、同じ時間だけ受けてもらったのに、伸びた社員と伸びなかった社員がはっきり分かれた。多国籍の職場では、よく起きることです。どこでつまずいたかを一人ずつ並べてみると、母語ごとにつまずく場所が違うことに気づきます。
共通の中身は一緒に、つまずく場所は分けて教えます
日本語の研修には、母語に関係なく全員に必要な中身と、母語によって必要な量が違う中身があります。
業務の場面の言い方、敬語の使い分け、分からないときの確認の手順は、全員に共通です。一方、発音や文法のどこで苦労するかは、母語によって大きく変わります。
前者は、母語の違う人が混ざったまま教えたほうが効果が上がり、後者は、母語ごとに分けて教えたほうが効率よく進みます。一つの研修の中で両方を使い分けるのが、実務としての答えです。
なぜ、母語によってつまずく場所が違うのか
人は、新しい言語を母語の仕組みを通して学びます。母語と似ているところは速く進み、違うところで引っかかります。どこが似ていてどこが違うかは、母語によって変わります。
たとえば、インドネシア語を母語とする人は、一つひとつの音を出すのは比較的得意ですが、のばす音や小さい「っ」の長さでつまずきやすくなります。音の長さで意味を区別する仕組みが、母語にないからです。
→ インドネシア語話者がつまずく日本語|長音・促音・撥音はなぜ難しいか
ミャンマー語を母語とする人は、語順や助詞の仕組みが似ているため文法の理解が速い一方、音節の終わりに来る子音の違いから、「ん」などの発音で長く苦労しやすくなります。
→ ミャンマー語話者がつまずく日本語|文法は速いのに発音で苦しむ理由
同じ「発音が課題」でも、中身はまったく違います。この二人に同じ発音の練習をさせると、どちらにとっても半分は的外れになります。
国籍ではなく、母語で考えてください
ここで注意しておきたいのは、国籍と母語は同じではないという点です。
一つの国の中で、いくつもの言語が話されていることは珍しくありません。学校や仕事で使う公用語とは別に、家庭で使ってきた地域の言語こそが本当の母語、という人もいます。そうした人の日本語には、公用語ではなく地域の言語の影響が出ることがあります。同じ母語の人でも、英語など別の外国語をどれくらい学んできたかで、つまずき方は変わります。
ですから、「この国の人はここが苦手」という表を作って終わりにしないでください。そうした表は予測であって、目の前の人の診断にはなりません。入社のときに「家ではどの言葉を話しますか」「ほかに学んだ外国語はありますか」と聞いておくだけで、予測はずっと当たりやすくなります。
母語をそろえた教え方の利点と限界
母語ごとにグループを分ける教え方には、はっきりした利点があります。
まず、練習を絞れます。全員が同じところで苦労しているので、そこに時間を集中でき、ある人には簡単すぎ、別の人には難しすぎるということが起きにくくなります。
母語で説明を補えるのも利点です。同じ母語を話す講師や先輩がいれば、日本語との細かな違いを母語で説明でき、日本語だけで説明するより、理解は速く確実になります。
一方で、限界もはっきりしています。
一つは、現場を再現できないことです。現場では、日本人のお客様と話し、母語の違う同僚と日本語で連絡を取り合いますが、同じ母語の人だけの教室では、そうした状況が生まれません。
もう一つは、母語に逃げられることです。分からないことがあると、隣の人に母語で聞けてしまいます。理解は速くなりますが、日本語で聞き返す、日本語で言い換えて確かめる、という現場でいちばん必要な力が育ちません。
母語を混ぜた教え方の四つの工夫
母語の違う人を一緒に教えるときには、工夫が要ります。
説明に使う言葉を一つに決める
教室で説明に使う言葉を、一つに決めます。現実的なのは、短い文で、難しい言葉を言い換えた日本語です。行政や自治体の案内では「やさしい日本語」と呼ばれている考え方です。
誰か一人の母語で説明すると、その人だけが得をして、ほかの人は置いていかれます。全員が同じ条件で理解できる言葉で説明することが、混ぜた教室の前提になります。
同じ母語で確かめ、違う母語で使う
一つの練習を、二段階に分けます。
最初は、同じ母語の人どうしで組み、新しく習ったことを確かめ合います。ここでは母語を使ってかまいません。理解のずれを早く直すための時間です。
次に、違う母語の人と組んで、日本語だけで使ってみます。相手に母語は通じないので、日本語で言うしかなく、現場と同じ条件で使う時間になります。
母語をそろえる利点と混ぜる利点を、一つの練習の中で順番に使う形です。
講師が、母語ごとのつまずきを先に知っておく
混ぜた教室で全員に同じ指摘をしていても、効果は上がりません。講師が母語ごとに起きやすい誤りを前もって把握し、一人ひとりで見る場所を変える必要があります。
同じ「ご案内します」を聞いても、ある人については「ん」が一拍分保たれているかを見て、別の人については「っ」や長さを見て、また別の人については語順や助詞を見ます。聞いている文は同じでも、見るべき場所は人によって違います。この前提を講師が持っているかどうかで、混ぜた教室の質が決まります。
お互いの得意を使う
母語が違えば、得意なところも違います。ある人は発音の手本になり、別の人は文法の説明役になれます。
教え合いの組み合わせを、得意と苦手が補い合うように作ると、教える側にも学びがあります。人に説明するには、自分がなんとなく分かっていることを言葉にしなければならないからです。
ただし、ここでも国籍で決めつけないでください。組み合わせは、一人ひとりの実際の得意と苦手を見て決めます。
目指す場面を、一つにそろえる
最後に、混ぜた教室をまとめる方法です。
母語は違っても、目指す場面は同じです。お客様への案内、同僚への報告、分からないときの確認といった共通の目標を、教室の真ん中に置いてください。
場面を演じる練習では、母語の違う人どうしで役を分けます。お客様役と従業員役を交代しながら、同じ場面を何度か演じると、同じ場面でも人によってつまずく場所が違うことが、本人たちにも見えてきます。自分とは違う場所でつまずく同僚を見ること自体が、学びになります。自分が当たり前に言えていることが、実は日本語の特徴だったと気づくからです。
経営者が明日できること
- 社員の国籍ではなく、母語を把握してください。家で使う言葉と、ほかに学んだ外国語も聞いておきます
- 研修の中身を、「全員に共通」と「母語によって違う」の二つに分けて書き出してみます
- 母語が同じ人だけで固めた研修になっていないか確かめます。固めているなら、違う母語の人と日本語だけで使う時間を足します
- 講師に、母語ごとのつまずきをどう把握しているかを聞きます
多国籍の職場は、教える側から見ると手間が増えるように見えます。しかし実際には、母語が混ざっていることそのものが、現場に近い練習の条件になります。違いを管理しようとせず、違いを使う設計にしてください。
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